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いのちの決断『理屈やなかろうもん』

2020.12.05 宮古島の暮らし

言語聴覚士Oです。昨日熊本の友人が、中村哲医師(福岡ご出身)の没後一年追悼特別番組が九州沖縄地方ではNHK総合で放映されると教えてくれ、帰宅後急ぎ見ました。

中村哲医師はアフガニスタンで長らく現地活動をされていましたが、昨年124日銃撃を受け亡くなりました。事件は大きく報道されたので、あらためてその思索と実践に啓発を受けた方々は少なからずでしょう。

中村さんは人を助ける職に就きたいと、九州大学医学部に入学。その後病院勤務に就きますが、当時の医療のあり方に疑問を感じ鬱々した毎日を送っていた頃、海外山岳登山隊に同行する医師の要請を受け、現地で医療を受けることができない山間民族を目の当たりにします。彼らに寄り添うことこそ自分の道だと感じた中村さんは、翌年1984年にパキスタン北西部ペシャワールの診療所に赴任します。その後戦乱に追われたアフガン難民の苦境を知り、やがてパキスタンから現地拠点をアフガニスタンに移していきます。

 活動の転機は、2000年にアフガンで起こった大干ばつ。乾きと飢えの犠牲者の多くは幼児。清潔な水さえあれば多くの患者を救うことができ、荒れ野となった耕地を捨て戦士になっていく若者を呼び戻すこともできる。現地の人々にまず必要なのは、医療ではなく、水。用水路建設こそが彼らを苦境から助ける方途だと気づき、決断します。

   しかし日本、アフガニスタンの支援団体及び関係者間では、全く無謀な決断、プランだと反対の声が一斉に上がります。中村さんは土木建築は全くの素人、用水路建設には現地の頑迷な地主たちの理解を得ることも必要です。
だが中村さんは一から土木の勉強を始め、粘り強く現地の関係者を説得していきます。

特に現地の人たちとぶつかりながらもお互い心をさらけ出してともに歩む。人の心が変わりゆく、時の流れを待つ勇気等、これがどれほど大変なことか。20数年に及んで、文化大革命の傷跡濃厚なで、中国の人にとって未だわけのわからぬリハビリテーションの普及指導を中心に、ささやかながら格闘してきた私にも、実感として迫るところがあります。

昨年逝去された時、中村さんの心に響く言葉が多数紹介されました。中でも特に日本の多くの人たちの心を打ったのは、「誰もしないのなら、俺がする」。しかし雄々しく正義感に駆られ現地に出向いたところで、現地の矛盾を受け入れられず、日本でやっていたようにうまくいかないと自分の正当性にこだわり、これまでの価値観、方法を柔軟に変えることができず「自爆」する人たちは極めて多いもの。

私が心に残り支えになった言葉は、「裏切りを恐れるな」。

現地の活動を身近で見ていた看護師さんは、中村さんは治療でも不器用な人、しかし結果として理想的な形で治癒しているとおっしゃっています。土木工事を支援されていた方は、中村さんはとにかく熱心で夜中の2時、3時でも起きて設計図を睨んでいる。トイレに行く時見つかれば朝まで議論になるので、中村さんの部屋の前を抜き足差し足で通っていたとか。当時中村さんは1時間ぐらいしか眠っていなかったのではとのこと。

中村さんの生き方は、いつの時代も多くの人を啓発するものがあるでしょうが、いま特に餓えるように引き寄せられていると思えるのはなぜでしょう。

いま私たちは、どうこう言っても、人は金と権力とモノによって全てが決まるんだという枠組みで生きていることが大半でしょう。唯物主義、権力志向、何が自分にとって有利か、どうすれば他者から高評価を得るかの観点から派生した力に捉われ、それから抜け出た精神性を育てる機会なく、今流の世間サマの価値観の中だけで、人生を送ってしまいがちです。

3.11福島原発以降の対応から、近々ではコロナ禍対応まで、
政府、メデイア、企業ほか、社会には虚偽、責任回避が蔓延し、
これまで知られていなかった裏事情も次々に暴露されつつあり、
唯物主義、拝金功利主義が急速に極まっています。

コロナ禍の中、行動は制限され、経済は悪化の一途をたどっています。
日本では78割の人はそのような社会情勢の中不安に駆られるものの、耐えて凌げば、やがてまた以前の社会に戻ると期待し、1割前後は、これまでとは全く異なる社会のあり方を予測し、自分の生き方を模索し始めているように、感じています。


国籍を問わず、中村さんの存在を知れば多くの人が自ずと惹かれるのは、
ピュアな自己の核心、その精神性所以。


中村さんはなぜ数々の困難にも屈することなく、多くの方の支援を引き寄せ心を一つにして、大事業を成功に導くことができたのでしょう。

それは中村さんの思いが大きな「いのち」と繋がっていたからだと思います。用水路建設は、中村さん自身の利益、名誉、実績となんら関係ない。
中村さんは全くそのような考えから動いているのではない。矢も盾もたまらずやらねばならないと思ったから動いた。

それはまさしく、「理屈やなかろうもん」。

だからこそ現地の人々の心を打ち、皆がひとつになり、大きな喜びに繋がったのだと思います。


中村さんはクリスチャンでもありますが、中村さんの活動を拝見すると、私と縁のあった約一世紀前に日本、中国、アフリカで活躍したクリスチャンでもあるアメリカ人医師の言葉を思い出します。皆さんへのエールの思いとともに、最後にご紹介させて下さい。

「祈りのもとにある行動は大胆であれ!」


⭐︎追悼番組は、明日以降もあります。
NHK総合
『理屈やなかろうもん〜医師中村哲73年の奇跡』
   126()13:0513:50(再放送)

NHK BS1
『良心を束ねて河となす〜医師中村哲73年の奇跡』
122821:0021:50
122822:0022:49

⭐︎YouTube 
不毛の荒野から緑の大地へ
アフガニスタン 干魃の大地に用水路を拓く



アフガニスタン 永久支援 中村哲次世代へのプロジェクト(1)



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